ドンツキレポートinエクアドル

地球の裏側でドンツキと出会う!?

久方ぶりのドンツキレポートはなんと、初めて海外よりのご報告です。

実際に現地を歩いてくれたのは、
東京を中心に活動する女装ライター・ヨネザワエリカ氏。
私たちの地元、東京向島では鳩の町商店街の活性化やモノコト市などイベント発信にも携わる、
当ドンツキ協会の盟友でもあります。

そんなエリカさんがどういうわけか遠路はるばる
地球の反対側にあるエクアドル行きを思い立ったのか。
現地のリサーチついでに友人達より、「エクアドルでやってきてほしいこと」
をミッションとして募ることにしました。
当然、我がドンツキ協会からは迷いなく
「エクアドルのドンツキを(危なくない範囲で)見つけてきてほしい」
ことを依頼していたのでした。

その結果についてはここで述べるより、
エリカ氏のレポートの方をご覧ください
↓↓↓

エクアドルレポート

町のドンツキのあるなしについて述べることは、
同時にその町の環境や経歴、また国毎の都市計画の思想などに触れなければ分らない面があり、
ドンツキ研究とは、ドンツキを単に面白がるだけではならず、
これはこれでひとつの学問なのだ、ということを改めて強調する必要があるかもしれません。

エリカ氏の限られたスケジュールのなかから調査していただいたのは、
エクアドルの首都・北部にあるキトと、中南部にある都市・クエンカ。

調べてみると、ともに町が世界文化遺産に登録されているんですね。
登録基準もともに、スペイン帝政時代の建造物や都市計画が現在に濃く残されていることがあるようです。
地図で場所を調べてみようとするのですが、確信がもてず、
上空写真から、この辺りではないかと推測しています。

キト

クエンカ

上空写真で見るかぎり、両者ともに見事なまでの碁盤目です。
ともにスペインによる植民地支配によってもたらされたもので、
16世紀にはこれらの都市計画があったそうですから、
現在日本各地に見られる多くの城下町(17世紀成立)よりやや古いくらい。

碁盤目の街区の道路沿いに回状に建物が建ち、内側は空洞で中庭になっている構成は、
現在日本にほとんど残っておらず、いかにもヨーロッパ独特の町づくりのように思われますが、
江戸時代には、江戸の日本橋などでもそっくりな町割りがあったことが知られ、
都市計画では割と普遍的でポピュラーな手法なのかもしれません。

エリカさんのレポートでは、
ドンツキがなかなか見つからず難儀した様子でしたが、
なるほどこのような街区ではあまり多くないのかも知れません。

しかし、このような碁盤目の町割りでも、
京都市街地のそれのように一つ一つのマス目の大きさが大きすぎて
現実の生活のスケールと合わなくなった場合、
そのギャップを埋めるように、そのマス目の中に生活道、すなわち路地が出来上がってゆく場合があります。
当然その中にはドンツキとなる路地もあることでしょう。
(京都では平安京成立当時、町割りの一つ一つが寝殿造りのような大邸宅で、後世の生活のスケールとは合わなくなったことが路地の発展の原因として考えられます)
ですから一概に「碁盤目=ドンツキはない」とは言えない面もあります。

今回エリカさんよりいただいたレポートは、訪問するご縁があまりなさそうな南米という立地でしたが、
この一例を通じてでも、世界各国のドンツキ事情を読み解くためのヒントが隠されているように思われました。

世界のドンツキが明るみになってゆくことで
やがては
「世界三大ドンツキ都市」
を制定したいと目論んでいる今日この頃です。

記・齋藤

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投稿者: dontsuki カテゴリー: blog

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